BLOG

息子の歌が聞きたい

ご家族に了承を得て記載しております。

がん末期の診断を受けた60代女性のお話になります。最期を迎えた時には、ご家族みなさんと弊社の看護師、松本/湯口(センター南店・あざみ野店)がケアに入らせていただき、皆で泣きながら着る衣類はどうしよう、メイクとネイルは?など、温かい空間の中でのお看取りになったと報告を受けています。

全員で、共有する。

喜怒哀楽を共有する。

喜怒哀楽を共有しようという弊社の代表、東は言っています。

今回の利用者様のエピソードについてセンター南店の看護師、松本からの提供です。彼は、社用車にギターを積んでいる人間です。そしてギターを持って歌います。でも、スナフキンではありません(スナフキンについてはこちらです)。あるきっかけで、松本は訪問時にギターを持参してゆずの「栄光の架橋」を弾き語ったそう。以下、松本のエピソードです。



毎日、献身的な介護を夫・息子夫婦が続けており、精一杯介護をしているも、毎晩、痛みと不安から看護師への緊急コールが続いていた。自分(松本が)が訪問したその日は、痛みによりベッドへ横になることも難しく、背中にクッションを入れて休んでいる状態。意識が朦朧とし、話しかけても白目を向いたまま反応がない。ご家族はいよいよかと会話が少なくなり、どんよりとした空気が部屋の中に溢れていた。

「なんて言葉をかければ良いのか分からない」

それが、ご家族から最初に出た言葉だった。

『人に最後まで残される機能は耳です。本人は声は出ないが、我々が話している事は全部聞こえています。楽しい、悲しい雰囲気やたわいのない雑談も本人には全部届いています。出てくる感情は我慢しなくていい。辛い気持ちは、医療者にこぼしてもらっても大丈夫。日中は、本人の好きな音楽やテレビ、ラジオを流すのも良いし、夜は休めるように電気を消して、眠れないなら薬を調整して、家族も休みましょう。いつも通りいきましょう。』

自分に何かできないかと考え、持っていたギターで弾き語る。

〜♪
“誰にも見せない涙があった、人知れず流した涙があった” /ゆず「栄光の架橋」

お嫁さんが泣き出したのをきっかけに、息子さんと自分も涙ぐんでいた。

その後は、息子さんも母親(ご利用者様)に向けて歌を届ける。聴こえていると信じて。昔、音楽活動していた過去を息子さんから初めて聞く。

「母からはライブに行きたい、演奏して歌って欲しいと言われていたが、照れもありついに今まで一度も目の前で歌う事は無かった。」
「松本さん、ありがとう。今日初めて母の前で歌えました。」

この言葉の後、ご利用者様の目がぱっちりと開き、『アンコール』と振り絞った声で拍手!
家族はもちろん、自分も驚きましたが、その様子を見て、ご家族は涙を流しながらも笑っていた。

やっぱり、聴こえてるし、思いは届いてた!!!!!!





この日以降、夜間の緊急コールが鳴る回数はとても少なくなりました。改めてご家族の皆様から、「あの1日のおかげで救われました。家に来てくれる看護師さんは誰もが頼りになる。この事業所に巡り合えた事が、自分達にとって1番の幸運です。」そんな素敵な言葉を頂けました。『看護師やってて良かったなぁ。』と、心からそう思える自分にとっても忘れられない1日でした。そして、この日が作れたのは、関わったスタッフ皆がベストなケアをして、ご利用者様の体調と環境とを整えてくれたおかげなので、皆に感謝です。

と、センター南店/看護師松本が言ってました。

一つ前のブログ記事「最期は聴覚」読んでいただけたでしょうか?

脳は最期まで音に反応するんだなあと、松本エピソードを聞いて温かい気持ちになった八木でした。

ながーくなりましたが、訪問看護の現場はドラマがあります。嬉しいことも、悲しいこと辛いこと、苦しいことも楽しいことも。様々な感情を皆で共有して、スタッフが、チームが、事務所が、会社が成長していくのだなあと感じています。

実際の歌をうたっている動画、写真も後に投稿したいと考えております。
ご家族のみなさま、本当にありがとうございます。感謝申し上げます。

株式会社 D’EFFORT ここから訪問看護リハビリケア一同

関連記事一覧

BLOG